昨日初めて門前町の町中に入りました。
高校、小学校、役場、銀行の他はほとんど倒壊していました。
あまりに生々しい惨状に絶句でした。
この町で死亡者がでなかったことが
信じられないくらいです。
おそらくこの地域は余震が収まるか、終息宣言がでるまで手がつけられ
ないでしょう。
町や避難所は五日目を迎え、溜まるものは疲労とゴミです。
そういえばよさこいなんかで体育館なんかよく更衣室に割り当てられる
ことがありますが、あんな状態の中で何日も生活ができるかと思いますもんね。
過疎の上、高齢者が7割を占める町が、
この先希望を持って復旧・復興の道を歩む為には市外・町外からの
物心両面からの支援が必要不可欠であると思いました。
昨日から一般ボランティアの受付も開始されました。
中越地震のときは40日滞在しボランティアしたという60過ぎのお父さんもいます。
神戸の震災を体験した大学生、震災の痛みを知っている人が
いち早くかけつけ手助けをしている姿に心が打たれます。
災害はどこにでもだれにでも起こりうることです。
一人でも多くの人が復興するまで応援して欲しいと思います。
門前の総持寺は自分のじいちゃん・ばあちゃんが眠っているお寺です。
震災後崩れ落ち山積みになっていた位牌が
お寺は損壊しているにもかかわらず昨日はもう整然と安置されて
いました。
先月この総持寺の監院様より色紙を戴きました。
その色紙には「温顔」と書かれています。
能登半島に一日もはやく「温顔」が戻りますように。
そしてここを読んでいるみなさんが能登に向けて「温顔」を
与えて下さいますようお願いしたいと思います。
なんか一息ついて改めて見回すと、
会社の工場の中に亀裂が走っていたり、
壁のクロスが下板に沿ってずっと破れていたり、
釘が浮き出ていたり挙げればきりがないくらいの
ダメージが見えます。
厚い電動シャッターもねじれて動かなかったり。
今日は午後から門前町・富来の同業者の方へ
お見舞いにいきました。
早速走り出すと当目の交差地点のとこが隆起してましたね。
門前に近づくにつれて所々に沢山の車が集まってるのが目に付き出します。
自衛隊の車両 重機を積んだトラック 高所作業車 仮設トイレを積んだトラックが絶えずすれ違う。
道路の数十mおきにあるマンホールがすべて隆起し、
橋のつなぎ目は必ずといっていいほど段差になって、
まったく油断なしには走れない道路状態です。

道路際の家々は半壊したりで作業をする人たちの姿。
変わり果てた風景に胸がきゅんと詰まります。
門前の目的地についたところは、近所の製材所が倒壊し、
大きな瓦屋根が、まるで大蛇がくねるように陽をあびながら
地に這っているようでした。

空には何機ものヘリコプターがけたたましく行き交い、
目の前を救急車が巡回しています。その救急車は新潟から派遣された車両でした。
赤十字の人たちが被災した人たちを声かけて回っています。

たくさんの都道府県の人たちがもう現地に入り救援活動をして
下さっています。こうして見舞いに来ている自分さえ
心強く感じるのですから、地元の人たちにとってはどんなに励まされていることでしょう。
門前から富来に向かう海岸線、センターラインからほとんど亀裂がはいっています。
山側からは落石した岩、倒壊したブロック塀そんな風景が続きます。
ふと海に目をやると何事もなかったかのようにキラキラ輝いて
いて、あらためて人間は自然に生かされているんだと感じ、
その偉大さをひしひしと感じました。
柳田に帰るまでの道すがら、瓦が落ちたり倒壊した家をみながら、
心のなかで「頑張れ能登」「頑張るぞ能登」と幾度となくつぶやいた。
沢山、地震のお見舞いの電話やメールをいただき、
ありがたくそしてとてもうれしくただただ感謝感謝です。
おかげさまで能登町はたいした人的被害もないみたいです。
ライフラインも確保されてますし大丈夫ですよ。
輪島市はもとより震源地の門前町は
まだ電話がつながらない状態でとても心配ですが。。
余震もあったりしてますが、これ以上被害が大きくならなければいいですね。

あゆが見つけたらしいです。
湯島天神 梅まつりの奉納芸能がずら〜と動画で観れます。
YAMABIKOは海の詩・ちょんがり・能登半島の三演舞がアップされてます。
いやいや・・こわいですねぇ。。笑
お時間・お暇のある方はぜひご覧なってみて下さい。
大変少人数で・・なとこや・・とこまで丸見えですから
そこんとこは無かったことにして戴いてっと。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~saka567
慌ただしくも密度の濃い二日間でした。
東京での演舞は今回で四回目。今や能登町〜東京間が一時間となって東京は身近な場所です。
到着し舞台等やお祭りの由来を神社関係者の方から説明を聞きましたが、今回で五十回という永きを数える梅まつり。
神社主催ではなく湯島商店街を中心とした梅まつり実行委員会が、商店街・地域の活性化を願い始められ、現在も続いているとのことでした。
数年前から私たちの町が、首都圏キャンペーンとして快く場所を提供してもらっているのも、地域の活性化を同じ意とする気持ちの繋がりがあってのことだと思いました。
一日目は12時発の便に乗り最初の演舞は15時ですから余裕の時間はありません。
ありませんって言っても能登空港でもうこんな状態の頭・・・ってどうよ

まっいいか。。。
湯島天神について即着替えの準備です一時間前。
ステージという言葉は似合いません、やっぱり舞台です。
着くと噺家さんが落語を始めるとこでした。
6m×6mと聞いてはいましたが予想以上に狭く感じられます。
今回踊り子8名、他2名の異例中の異例の小人数だったのですが後二人いたら・・・
踊ることはできなかったと胸を撫で下ろした次第で(笑)

(軽く三曲分の動きの確認中です)
舞台前はこんな感じでお客さんで一杯です。

お客さんも温かい、手拍子とか舞台に向かって手を振ったりとか、沢山の拍手をいただいて無事演舞を終えることができました。
旗もお客さんで場所がなかったにもかかわらず、後方でお客さんの人垣が丸く囲む感じで
場所を空けた中振れて結構気持ちよかったんだろうね??
二日目は拍手湧いてました。
演舞終わってからはお待ちかねの観光です。この夜数時間と朝2時間程しかないですから。
宿泊は浅草。やはり雷門浅草寺・・

人形焼き・・・あげまんじゅうを食べながら仲見世を徘徊です。

このあと中学生の食欲に圧倒され・・・夕食最終局面では・・・死ぬかと。
カニクリームコロッケ・・・10人分 満腹で泣きそうでした。
翌朝は朝の6時からひとえ美容室開店でした。
前の晩アキバ・ドンキーまで行って仕入れしてきた賜物で・・・
朝ご飯時には気合い入りまくりの全員サイア人でした・・・
で電車乗る訳ですよ・・・(笑)
スーパよさこいの時は結構こんなの沢山いますし、場所柄原宿ですから意外と普通なんですが、下町浅草〜上野方面は結構・・・
朝イチ開門と同時に入った上野動物園でもシカトされるわけですよ。

二日目演舞終わってYAMABIKOは帰路に着いたんですが、マッキーさんはじめ観光協会や役場の人たちはこの日も一日中がんばってました。
例年話しには聞いていたんですが、ずっと立ちっぱなしで能登町PRの為にこうやって頑張っていたんですね。頭が下がります。
これからYAMABIKOも少しでもそんなお手伝いができればと思います。
とても気持ちのいい、そして楽しい遠征でした。
湯島の皆さんに本当に感謝です。ありがとうございました。